悪夢ちゃん The 夢ovie感想

ネタバレしまくりの感想です。

 

未来は自分で変えられるのか。自分の力で切り開けるのか。この映画を見て感じたのは、自分ひとりで変えるのは難しいこともあるけれど、周りの人次第で、自分自身で未来をいい方向に導けるのだということ。完司くんは「周りに簡単に影響されてしまう自分が作る未来なんてたかが知れている」と言っていたけれど、自分のことを想ってくれる人たちのいる環境にいれば、未来はきっといいものになる。完司くんも葵ちゃんも、周りの人に支えられているからこそ、よりよい未来への選択ができるのだと思いました。

子どもの頃は特に、自分では何も変えられないという無力感が強かったな、と思います。自分の人生は誰かに決められてしまい、自分ではどうしようもできないんだと。それの最もたるものが親や家庭。こんなところに生まれたくなかった、どうして自分だけこうなんだ、とか。今考えればぜんぜん大したことなくて、悲観する必要はあんまりなかったんですが、何もできないあの頃は大問題だった。
完司くんの周りの人間への憎しみ、不信感、不安感は、自分のあずかり知らぬところで決められた運命への憎しみ、この場所から逃れられないという不安でもあり、自分の無力さの痛感からくるもの。もちろん、大きくなってからも、自分だけではどうにも動かせないことはある。自分自身で選択できない部分も多いけれど、それを変えていくことは可能なのだと感じました。
一方、子どもは無力な存在ではなく、団結力や純粋な善意は大人をしのぐパワーがある、子どもをなめんなよ、というメッセージも感じます。葵ちゃんのお父さんを救おうと、一生懸命考え行動した子どもたち。「消極的な思いじゃ前に進まないよ。葵たちが教えてくれたんだ」とお父さんは言っていた。純粋な善意だとちゃんと伝わっていたから、お父さんは自殺未遂した後でも元気になれたんだろうか。そのあたりが、この物語のファンタジーですよね。葵ちゃんの、完司くんを思っての発言かもしれないいけど。

後先考えずに、とにかく誰かのためを思って行動すること、これができる大人はおそらくあまりいないのでは。子どもならではの、純粋な善意があるということ。「人とのつながりを見ようとする力がある」「人のことを自分のことのように考えられる」そんな子どもたちのパワーを伝える映画でもありました。「自分の未来をそこに見ることができる」から、自分自身だろうが人に影響されてだろうが、自分で未来を作ったことになるんだ、ということなんですかね。

しかし私が一番気になってしまったのは、悪夢ちゃんのドロドロした欲望や、心の中に住む悪魔のことです。普通の人間と嫌いな人間(彩未先生とクラスメイト全員!)を斬った夢王子にキスをせがむ悪夢ちゃん。悪夢ちゃん、黒い。悪夢を見まくってる悪夢ちゃんも、完司くんレベルに歪んでる可能性は大いにあります。悪夢ちゃんがヘッドフォンを投げ捨ててキスをせがむところがすごく好きです。欲望丸出しって感じで。

自分の中に人を嫌う悪魔がいることに悩んでいた悪夢ちゃん。最終的にはそのことをクラスメイトに打ち明けていたけれど、完司くんだけじゃなくどんな人の心にも悪はあるんだということを伝えたかったのかな。

他の女子への嫉妬とか、悲劇が起こることを知っていながら完司くんにいいとこ見せようとするとか、でもさらっとそこらへん終わったので(ゴルゴンゾーラ提案したの悪夢ちゃんなのに、自省の描写がほぼなかったり)、悪夢ちゃんの欲望とか自意識をもっと出して欲しかったなと思いました。

 

美保が、責任感に欠けたどうしようもない存在に見えた。完司くん、人を殺してもいいとは思いませんが、非常に気の毒な子なんです。暴力をふるう男と暮らすことを選んでしまった美保は、なぜそうなっちゃったのか、完司くんの本当のお父さんはどこにいるのか、そのへんのことが描かれないので突拍子もないただのろくでなしに見える。そこまでダークにする必要があったのか、それか、もっと背景に深みを出してほしかった。あんな可愛い子を苦しませて…完司母許せない…と見終わった後は憤りを覚えました。

完司くんの暗い過去を作り上げるための、描写の薄い登場人物が多いので、なんだか後味が悪いんですよね。完司くん、このお母さんがついていてはたして大丈夫なんだろうか…。幸介も罪を認めたとはいえ殺人を隠蔽するような人間だし…。でも、彩未先生の「あの子なら、ひとりでも大丈夫ですよ」という言葉でなんとなく安心。心を歪ませていた根本的な問題が解決したし、完司くんには先生やクラスメイトが付いている。

 

完司くんが泣くシーン、最初見た時は、これ流しちゃって大丈夫か…と思ってしまったほどなんですが、何度か見るうちに情けない感じがいいなと思えてきました。気を張って生きてきた完司くんが、今までこらえていたものをやっと溢れさせた、溢れさせようとした感じが。完司くんはあまりに悲しみを抱えすぎたせいでそれをうまく表現できなくて、涙が出なかったんだね、泣き方を忘れてしまったんだね…と勝手に補完。でもやっぱり涙が見たかったです。今だったら泣けるんでしょうか。エンディングの「ぜんぜん泣けなくて 苦しいのは誰ですか」という歌詞がまるでマリウスくんのことを歌ってるように聞こえます。

突然ですが、完司くんのシーンで好きなところ。

・幸介に「帰ってくる?」って聞く完司くん。

・悪夢ちゃんにカッターナイフを突きつける。この絵面すごい。

・安アパートで、畳に座って勉強したり、あぐらかいてご飯食べたり、ゴミ出しをする完司くん。ものすごいレア感。

・王子衣装はこれでもか!というほどたっぷり見れます。教室で人斬った後の笑顔がものすごく可愛い。人斬った後なのに。

・完司くんフォトコレクションの中にいる、原っぱでレジャーシートに座ってお弁当食べてる完司くん。あの写真全部欲しいんですけど、中でもこれ!幸介とピクニックに行ったのかな…。可愛い…。

・汗だくで目覚めるシーンの顔のアップは、綺麗な瞳や濃いまつげや真っ白な肌を大画面で見られてHAPPYです。

・「お前ら、カルト集団か」っていうセリフ。マリウスくんの口から「カルト集団」!

・「せっかくカフェを開くんだから、頑張ろうよ」って葵ちゃんの肩に手を置いて言った後の、悪戯っぽい笑顔。なんか完司くんというよりマリウスくんっぽい。葵ちゃん恥ずかしがってたのかな。乙女の純真を笑わないでください!
・ハルピュイアに乗った夢王子が人を斬るところ。シュタッて着地するのがクール。

・屋上のシーンは特にいい子の顔をしてて、こんな子が牛乳腐らせてるとか思いもよりません。

・下田で草笛を吹いて、過去のことを思い出す時の表情。

マリウスくん、紛れもなく「いい子顔」である。やっぱりこの役をもらえたことは、貴重な経験になったと思います。カッターナイフをつきつけたりハサミを振り上げたり、あんないい子顔がそんなことしてるの自体がもう怖い。善の塊みたいな、清らかな顔してるのに。とにかくギャップがすごい。こうした愛憎入り混じった複雑なキャラクターを演じたことはきっと糧になるはず。

表情の演技にすごく引き込まれました。美保にごめんなさいと抱きしめられて、静かに怒りを燃やし、険しい表情でハサミを振り上げ、最後には泣きそうで苦しそうな、どこか諦めたような表情。セリフなしで、完司くんの複雑な心の動きが感じられました。

 

最後の海のシーンが、幻想的で幸福な感じがして素晴らしい。悪夢ちゃんと完司くんが笑顔で見つめ合うところなんて、すごくロマンチック。完司くんは今後幸せになれるんだろうか、葵ちゃんのお家はどうなるんだろうとか、物語は決してハッピーエンドではないし、明るくはない未来を感じますが、最後の海のシーンに救われる気がします。そして、悪夢ちゃんの「一緒に完司くんの未来に行く。これからは私が完司くんの悪夢を受け止めてあげるから」という言葉が印象的。先生助けて!ばかりだった悪夢ちゃんが人を助ける側に立ったこと、美しく楽しい夢の中にいるということに救いを感じました。